家族
年末に目撃してしまったのだが、父親が宝くじを握りしめてテレビを見ていた。まだ、こんなものを買っているのかというのが正直な感想である。良い加減に気づいても良さそうなものであるが、まったくそんな気配はない。もう少し、利口だと思っていたが相変わらずの馬鹿である。仮に当たったとして、先の短い人生で何に使うというのか。当選結果を聞いたわけではないが、何も言わないところを見ると、昨年と同じ結果であろう。これが自分の親なのかというのが偽らざる心境である。
謹賀新年
みなさまに 謹んで新年のお喜びを申し上げます。 旧年中はひとかたならぬご厚情を賜り、誠にありがとうございました。本年も、よろしくお願いいたします。皆さんのおけがで、ここまで来れました。 今年は勝負の年にしたいと考えています。
この時
このとき奥さんも、それなりの高齢で今回の出産、場合によっては母体にも悪影響が心配されるという状態でした。幸いにして出産は、無事に終わり三人目は元気な男の子が生まれたということでした。 、、、、、しかしながら、奥さんとしては、このときの出産、なかなかの難産だったようで、「私、これ以上、、、もうダメ」と言われたそうです。避妊すれば別にかまわないのではないかという気もしないではないですが、万が一のことがあると次回は母体にも影響がある、さらには三人の子供を養育するだけでも経済的にはなかなか厳しいのだとおっしゃっていました。次には間違って妊娠ということがないようにするのだとのことでした。
link
link
セラミド
意見と、事実(真実)は、どうせ 明確には区別できないという話を聞いた。もっともだ。 従って意見の優劣を争うべきなのか。 だが結局、強いものの意見が通る。正しいから通るのではない。 俺は俺一人の意見しか代表できないのだ。 とりあえず、 そんなわけでセラミド化粧品を使ってみよう。
人を褒める
私は、今まで他人から称賛を浴びるために様々なことをしてきました。自身の芸術的才能に賭けて努力もしました。センスはあったのかもしれませんが、鳴かず飛ばずでした。それで、今になって思うのですが人に誉められる努力はしましたけれど、人を褒める努力はしてきていないのではないか。人の悪口はたくさん言ったことはある
けれど、人を誉めたことは数えるほどしかないのではないかと思うのです。
link
link

